門限に遅れて締め出しを食ったMasayanです。投稿しようと思ったら、またDBダウンしてるやん。orz
おっと繋がった。今のうちに・・・。
ある時期にドバッと老けるような気がする。そう一気にくる感じ。一気に抜けるわ(なーにが)、一気に太るわ・・・etc。最近感じるのは「気力」の衰えだ。
めんどくさいことがイヤ、苦しいことがダメ。 ![]()
とかく楽なほうに流れがち。昔はちったぁ根性あったんだけどなぁと思えど後の祭りだ。
まぁ、歳を取ればそんなもんだが、問題は好きなことでもそういう傾向にあるということだ。
真冬にタンクを水磨ぎする元気があるか? ん~・・・。真冬にバイクで遠出できるか?
めんどくさくてもステム外して、曲がりを眺められるか?
スタイルシートと格闘して徹夜できるか?
こーゆーしょーもないことに若さを見出したいお年頃です。(笑
(えぇ、バカさを測るものとも言いますです)
若さとは人生のある時期のことではなく、心のあり方のことだ。
若くあるためには、強い意志力と、優れた構想力と、激しい情熱が必要であり、小心さを圧倒する勇気と、易きにつこうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。
人は歳月を重ねたから老いるのではない。理想を失うときに老いるのである。
歳月は皮膚に皺を刻むが、情熱の消滅は魂に皺を刻む。
心配、疑い、自己不信、恐れ、絶望-これらのものこそ、成長しようとする精神の息の根を止めてしまう元凶である。
七十歳になろうと十六歳であろうと、人間の心の中には、驚異に対する憧憬や、星や星のようにきらめく事象や思想に対する驚きや、不屈の闘志や、来るべきものに対する子供のような好奇心や、人生の喜びおよび勝負を求める気持が存在するはずなのだ。
人はその信念に比例して若くあり、疑いに比例して老いる。
自信や希望に比例して若くあり、恐れや絶望に比例して老いる。
大地や人間や神から、美しさ、喜び、勇気、崇高さ、力などを感じとることができるかぎり、その人は若いのだ。
すべての夢を失い、心の芯が悲観という雪、皮肉という氷に覆われるとき、その人は真に老いるのだ。
そのような人は、神の哀れみを乞うしかない。
この理屈でいけば俺の心はまだ充分に若いのだが、
か、体が。。。
40肩でいきなりバレーが出来なくなった

まさかこんな日がくるなんて、、頭ではわかっていたはずだが、
実際になるとかなり凹む。
どんなにやりたくても痛みで体が動かない経験は初めてだ。
バイクに乗るのに必要な身体能力が失われる日はいきなり
やってくるだろうし、それ以前にどうやってもタイムが詰まらなく
なるんだろうな。それは次の練習日かもしれない:lol:
そう考えると恐怖が心にシワを刻み、どんどん自分からその日を
早めていくような気がする。
とりあえず、朝のランニングを再開した。
息子と張り合って、今朝は自己ベストを更新した。
まだいける。。。かなあ。
そうなんだな。
明らかに30代のソレとは違うんだよね。
精神は歳を取ってないが、肉体は違う。このギャップが激しい。
この差を埋めるのは、1に体力、2に体力なのかねぇ。